トランプ大統領が先週、米国の貿易相手国に対して課した「解放記念日」関税は世界中の市場を揺るがし、投資家は当然ながら、この関税が経済や日常生活にどのような影響を及ぼすかについて疑問を抱いています。最新の市場動向について、消費者、雇用、製造コスト、企業収益、財政赤字、センチメントなど、今後起こりうることを、ナティクシス・インベストメント・マネージャーズ・ソリューションズのポートフォリオ・マネージャーであるジャック・ジャナシウィッツとポートフォリオ・ストラテジストのギャレット・メルソンが読み解きます。
Q: なぜこのような事態になったのでしょうか?
A: 誰もが何らかの関税が導入されることは予想していましたが、4月2日に発表された規模、範囲、厳格さに関する詳細は、大方の予想をはるかに超えるものでした。さらに問題を複雑にしているのは、関税の算出に使用された手法が、あまり感心できるものではなかったことです。つまり、市場は関税の導入を予想していたものの、実際の発表は市場が織り込んでいた内容よりも悪かったのです。
Q: ということは、関税は交渉の道具なのでしょうか?それとも、赤字を埋めるための財源なのでしょうか?
A: もし関税が本当に財源として考えられているのであれば、今後も継続されると考えるべきでしょう。交渉の道具として考えられているのであれば、交渉によって削減、あるいは撤廃されるという、より楽観的な見通しを立てることができます。しかし、ここでのポイントは、これらの関税は大統領令によって実施されており、立法機関による承認を受けていないため、連邦予算策定における収入源として計上することはできません。つまり、政府にとっては増収と考えられても、議会がそれを財源にした予算案を可決することにはつながりません。
Q: 関税は、より大きな目的、例えば、世界貿易構造全体の変革のために使われているのでしょうか?
A: これはトランプ氏が長年語ってきた、世界貿易システムの再構築だといえるでしょう。 確かにシステムに変更を加えるかもしれませんが、それは米国経済にとって必ずしも有益とは言えない深刻な経済的影響も伴います。 付加価値の低い製品が海外で製造されるのには理由があります。 労働コストがはるかに低いからです。 これにより、企業の利益率が健全に保たれ、その結果、消費者はより低い価格で購入できるようになります。こうした低コストの仕事を米国に戻せば、この方式は劇的に変化します。確かに米国に雇用が戻ってくるかもしれません。しかし、付加価値の低い製造を米国で行うということは、選択を迫られることを意味します。その製品を製造するために高い価格を設定するか、あるいは、こうしたコスト増を自動化で補うか、どちらかを選択しなければならないからです。
米国企業は利益を生み出すことを目的としたビジネスを行っています。 それ以外の理由で企業を設立することがあるでしょうか? 付加価値の低い製品の生産に切り替えることで、利益の減少、雇用拡大の制限、競争力の低下、また付加価値の高い製品の他国への依存度の上昇など、いくつかの経済的な課題が生じます。 全体として、高技能で高給の雇用が減るため、生活水準が低下します。米国に製造業の雇用を呼び戻し、利益率を維持しながら同時に赤字を削減することを単純に共存させることはできません。これらの3つのことを同時に実現できるはずがないのです。それ以外の選択はありません。
Q: 今後の企業収益について、どのように考えればよいのでしょうか?
A: 誰にもわかりません。今後の収益に関する見通しは、一瞬にして不透明になりました。どれだけの需要が失われるでしょうか? 設備投資(企業による計画されていたものを含めて)は完全に停止してしまうのでしょうか? 成長の鈍化は世界的に企業利益を圧迫し、それが消費者と消費に影響を及ぼすことになるでしょう。それがどの程度になるのかは、私たちにも分かりません。さらに状況を複雑にしているのは、グローバルなサプライチェーンが再び崩壊しつつあることです。これらの仕事をすべて米国に戻すのでしょうか? 工場を建設するには何年もかかります。さらに、米国の労働力とコスト構造がこの変化に対応できる体制になっていないことが事態を更に複雑にしています。トランプ氏が夢見るような新たな製造拠点として米国経済を変貌させるには、何年も、あるいはそれ以上の時間がかかるでしょう。今週末には決算発表シーズンが始まります。投資家は将来を占うヒントを求めて、あらゆる発言を細かく分析することでしょう。「不透明」という言葉が繰り返し使われることになると思いますが、それはアナリストの業績予測の助けにはなりません。見通しが立たず、 より多くの不確実性が生まれると思います。控えめに言っても格下げが予想されます。
Q: 関税率の算出方法に理屈は通っていますか?
A: いいえ、まったく通っていません。基本的な考え方は、2つの数値のうち大きい方を採用するというものでした。10%、もしくは、ある国との米国の貿易赤字をその国からの輸入総量で割ったものを2で割った数値です。二国間の赤字は関税ではありません。物品の貿易を主な範囲として考慮していますが、サービス貿易も同様に重要なものです。例えばマダガスカルの例を見てみましょう。米国との貿易赤字に基づいて、関税率は47%と決定されました。政権は、貿易赤字は関税とその他の非関税貿易障壁の結果であると主張することで、その責任を回避しようとしていますが、それは事実ではありません。
マダガスカルの米国への主要輸出品目はバニラです。米国は同国に機械や機械部品を輸出していますが、その額はバニラの輸出額をはるかに下回っており、赤字が生じています。マダガスカルの1人当たりのGDPは名目で575ドルです1。この国は、関税があろうとなかろうと、貿易赤字を黒字に転換するほど重要なものを輸入できるほど豊かではありません。それにもかかわらず、47%もの関税を課しているのです。貿易赤字は競争上の優位性を反映しています。そして、競争上の優位性は、システム全体に利益をもたらします。経済学の初歩では、貿易における競争上の優位性はシステム全体を改善すると教えています。競争上の優位性を活かしている限り、誰も誰かをだましていることにはなりません。
Q: 解決の方策はありますか?
A: はい。2つあると思います。連邦準備制度(Fed)は金利を引き下げることができます。そして、トランプ氏は方針を転換し、引き下がることができます。金曜日のパウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長や週末のトランプ政権の主要高官の発言から判断すると、いずれも当面は起こりそうにありません。FRBは板挟み状態にあります。関税コストが消費者に転嫁されることによるインフレリスクと、すでに減速しつつあった経済に貿易ショックが加わったことで、2つの現象に直面しています。どちらも望ましいものではありません。景気後退の可能性が高まり、インフレ率が再び上昇し始めるからです。パウエル氏が示唆したように、政権による政策措置についてより明確になるまでは、金利の調整を急ぐ方向にはないのでしょう。
そして、おそらくより重要なこととして、今後について自信をまったく持てない場合、資本コストはほとんど問題にならないということです。トランプ大統領の転換について言えば、彼が勝利を主張できない限り、引き下がることは難しいでしょう。そうすることは彼を弱々しく見せ、何の成果も得られないまま重い代償を払ったように見せるからです。各国が列をなして交渉に臨むという状況にならない限り、彼が方針を転換することは考えにくいでしょう。勝利? 確かに、台湾は米国との関税をすべて撤廃することに同意しました。しかし、それらの関税率はわずか1.7%でした。誰が気に留めるでしょうか? トランプ大統領や政府高官の多くは、公平な貿易ではなく貿易赤字の解消こそが目的であると強調しているようです。関税の撤廃はそれを解決するものではありません。そして、考えてみてください。米国の株式市場が大暴落しているのに、なぜワシントンに交渉に来る必要があるでしょうか? 米国経済が地に落ちるのを見てから、関税がどうなるのかを見ればいいのです。どの解決方法も厳しい展開になると考えられます。
Q: 関税は本当にそれほど大きな収入源となるのでしょうか?
A: 関税による利益は政権によって誇張されている可能性が高いと言えます。関税の最終的な目標が、その規模と範囲を決定することになるでしょう。増収が目標であるならば、貿易の流れを妨げるほど厳格な関税を課すことはできません。これは、先週水曜日に発表された戦略とは明らかに相反するものです。また、輸入を抑制することで世界貿易を再構築し、赤字を削減することが目標であるならば、関税には厳格であるべきですが、一方で関税収入はあまり見込めなくなります。簡単に言えば、発表された関税は最終的に経済成長を鈍化させるでしょう。そして成長の鈍化は、おそらくレイオフにつながります。レイオフは消費の減少をもたらします。そして、財務省が徴収する税収も減少します。つまり、消費の減少は関税収入の減少につながり、労働人口の減少は連邦政府の税収の減少につながるという、二重の打撃が収入面で待ち構えているのです。誰も得をしません。
Q: 議会についてはどうでしょうか?リスクはあるのでしょうか?
A: はい。議会は2026年にひっくり返る可能性が高いです。歴史的な観点から見て、そういうものです。それよりも心配なのは、現在議会での共和党が多数派を占めているのは僅差だということです。仮にあちこちで数人離反者がでれば、その多数派は消滅してしまいます。激しい選挙戦の議席にいる場合、自分の立場を守るためにトランプ大統領と袂を分かつことになるかもしれません。議員たちは自分の職を守りたいのです。もしこれらの政策が不況の引き金となることが判明すれば、そうした政策から距離を置こうとする可能性が高いでしょう。下院と上院の支持率が低下し始めるという現実的なリスクがあります。支持率が低下した場合、予算を巡る争いはどうなるでしょうか? 減税や歳出削減は見込めなくなり、その反対のことが起こる可能性が高くなります。
Q: 連邦政府予算を巡る争いについてですが、リスクは変化しているのでしょうか?
A: 間違いなく変化しています。景気後退の可能性が高まっているため、成長予測は下方修正される可能性があり、それは税収予測の減少を意味します。また、失業率が上昇する可能性があるため、税収はさらに減少します。さらに、株式市場が15%1以上下落しているため、逆資産効果が発生します。これらのすべてが、財源問題をさらに複雑にしているのです。
Q: 定量化が難しいリスクはありますか?
A: 良い質問ですね。自信。自信。自信。その自信は確かに揺らいでいます。企業信頼感。消費者信頼感。センチメント。目まぐるしく変わる政策イニシアティブは、信頼感を育むにはほとんど役立っていないからです。関税が撤回されたとしても、さらに突飛な政策が再び登場しないと誰が言えるでしょうか? このような状況下で、CEOがどうして今投資をしたいと思うでしょうか? 株式市場が暴落したことで、消費者は不安を抱きはじめるでしょう。賃金の伸びが鈍化するのに伴い、消費が冷え込むことはすでに明らかです。これまで、消費が賃金の伸びを上回るペースで推移しており、持続不可能な組み合わせにありました。つまり、消費者が貯蓄を取り崩して消費を支えていることを意味します。貯蓄水準が徐々に減少しているため、消費マインドの低下を吸収する余裕は少なくなっています。その結果、消費が冷え込むことは確実でしょう。名目所得は減少しており、消費者が貯蓄率を引き下げ続けて消費することを期待する理由は何もありません。考えてもみてください。米国の世帯が保有する株式総額は38兆ドルに上ります1。 投資信託およびETFは24兆ドル、そして生命保険会社、年金基金、政府退職基金といった機関投資家は10.2兆ドルを保有しています1。 残りは外国人が保有しています。家計は直接株式と投資信託で46.8兆ドルを保有しており、その半分以上はベビーブーマー世代が占めています。さらに、家計はIRAで過去最高の15.2兆ドルを保有しています。全体として、2024年第4四半期には、家計が保有する資産に占める株式の割合は43.5%に上昇しました1。平均的な人ほど株式市場の影響を受けやすく、15%の引き下げが起こるとその影響が現れます。 悲観ループが永続化するリスクがあります。
Q: 関税や他国との交渉に関する良いニュースはないのでしょうか?
A: ベトナムは90%とされる関税の撤廃に前向きでした。アルゼンチンは0%にすると言いました。インドと韓国は対応策を検討しています。イスラエルは発表前に残っていたわずかな関税さえ撤廃しましたが、それでも17%の関税を課されました1。 EUは自動車関税を10%から2.5%に引き下げることを検討していました。これは簡単に諦められることですが、フランス人がエスカレードに乗って走り回る姿を想像できますか? あるいはイタリア人がF-150に乗っている姿が想像できますか? 冗談はさておき、現在、EUは対抗措置に転じました。これは株式市場に打撃を与える次の波となる可能性があります。EUは3月12日に発効した鉄鋼・アルミニウム関税に対抗し、4月中旬までに最大260億ユーロ相当の米国製品を対象とする関税の第一弾をまとめるべく作業を進めています。
Q: かなり売られ過ぎの状態です。反発するのではないでしょうか?
A: おそらくそうだとも言えますし、そうでないかもしれません。トランプ大統領が方針転換したという具体的な証拠を見るまでは、なんとも言えません。交渉に応じる少数の小国の名をあげて勝利を宣言したとしても、誰もだまされません。中国、EU、日本、韓国をはじめ、南北にいる隣国といった主要な貿易相手国を含んだ交渉となる必要があります。それらの取引がなければ、持続的な反転はおろか、短期的な反発すら見込めないでしょう。すべては信頼感にかかっています。信頼感を回復する必要があり、主要なパートナーとの真剣な取引がその答えになりえます。政権当局者は、「関税は不況を招くものではない」とか、「関税はウォール街ではなく、メインストリートに利益をもたらすことを目的としている」などと、冷静に受け止めているような素振りを見せるのをやめるべきです。それは信頼感の回復には役立ちません。
Q: しかし、最新の給与データは良好ではなかったのですか?
A: データはもはや重要ではありません。政策に次ぐ二次的なものなのです。関税による差し迫った影響は、消費者物価指数/個人消費支出(インフレおよび支出指数)や雇用データなど、通常市場を動かす経済指標を上回ります。今後は経済政策がすべてです。確かに、ガソリン価格は下がり、住宅ローン金利も低下しています。 一部にはプラスの要因があります。 しかし、それは商品市場が金利市場とともに景気後退を織り込んでいるためです。 平均的な家庭では、関税によりおよそ2,000ドルの負担増になると推定されています。 これらの家庭では、ガソリンに毎年およそ2,000ドルを費やしています1。つまり、関税による影響を相殺するには、ガソリン価格が1ガロンあたり0.00ドルまで下がらなければなりません。住宅ローン金利や原油価格の急落は、政権による支援策の結果ではありません。むしろ、その逆です。データに関して唯一重要なのは、労働市場の直線的な冷え込みが非線形の悪化に転じるかどうかだけです。
Q: 今後はどうなるのでしょうか?
A: シートベルトを締めてください。企業および家計のバランスシートは、この事態に直面するまで堅調でした。しかし、この状態が長引くほど、景気後退の可能性は高まります。今後数日、数週間の間には、上昇と下落が交互に起こることは確実です。それらは、何よりも市場のテクニカル要因やポジション調整によって起こりうるものでしょう。私たちは、そうしたこの乱高下がすぐに終わり、この調整が2025年下半期の力強い上昇相場への布石となることを期待しています。それまでにFRBは金利を引き下げるはずであり、それがさらなる支援につながるでしょう。それまでは、大きな変動が予想されます。また、トランプ大統領が政策を転換しない限り、さらに下落する可能性もあります。